大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成7年(わ)604号 判決 1997年1月10日

主文

被告人Aを懲役八年に、被告人Bを懲役六年に処する。

未決勾留日数中、被告人Aに対しては三〇日を、被告人Bに対しては五四〇日を、それぞれその刑に算入する。

訴訟費用は、その全部を被告人Aの負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、C(被告人Aの関係で分離前の相被告人)及びDと共謀の上、株式会社東海銀行が行っている東海パソコンサービス(アンサー利用型)の都度指定方式による振込サービスを利用して、財産上不法の利益を得ようと企て、

第一  平成六年一二月九日午後五時三二分ごろ、千葉市花見川区《番地略》所在の前記D経営にかかる株式会社甲野開発センター事務所において、電話回線に接続したパーソナルコンピューターを操作し、NTTデータ通信の提供する銀行アンサーシステムを介して、愛知県西春日井郡《番地略》所在の東海銀行師勝ビルに設置されて同行の預金、為替等の業務のオンライン事務処理に使用されている電子計算機に対し、実際には振込送金の事実がないのに、株式会社乙山が東海銀行八重洲支店に開設している普通預金口座から右甲野開発センターが両総信用金庫都賀支店に開設している普通預金口座に一億四〇〇〇万円の払込送金があったとする虚偽の情報を与え、同月一二日午前九時ごろ、同電子計算機に順次接続されている社団法人東京銀行協会全国銀行データ通信センターに設置されている全国銀行通信システム電子計算機及び株式会社しんきん情報システムセンターに設置されている全国信用金庫データ通信システムの電子計算機を介して、東京都港区《番地略》所在のNTT品川ツインズビルデータ棟の信金東京共同事務センター事業組合に設置されている信用金庫第三次オンラインシステムの電子計算機に接続されている記憶装置の磁気ディスクに記録された右甲野開発センター名義の普通預金口座の預金残高を一億四〇〇〇万円増加させて、財産権の得喪、変更にかかる不実の電磁的記録を作り、よって、一億四〇〇〇万円相当の財産上不法の利益を得た。

第二  平成六年一二月一二日、横浜市港北区《番地略》所在の丙川ホテル新横浜五一〇号室において、いずれも同所に設置して電話回線に接続したパーソナルコンピューターを操作し、前記銀行アンサーシステムを介して、前記東海銀行師勝ビルに設置されて同行の預金、為替等の業務のオンライン事務処理に使用されている電子計算機に対し、実際には振込送金の事実がないのに、<1> 同日午後五時一九分ごろ、株式会社丁原製作所が東海銀行丸ノ内支店に開設している当座預金口座からEが株式会社第一勧業銀行新宿支店に開設している普通預金口座に四億円の振込送金があったとする虚偽の情報を、<2> 同日午後五時三四分ごろ、株式会社東海理化電機製作所が東海銀行本店営業部に開設している普通預金口座から右E名義の普通預金口座に九〇〇〇万円の振込送金があったとする虚偽の情報を、<3> 同日午後五時四五分ごろ、大阪戊田中央電工株式会社が東海銀行大阪支店に開設している当座預金口座から右E名義の普通預金口座に一〇億円の振替送金があったとする虚偽の情報を、それぞれ与え、翌同月一三日午前九時ごろ、同電子計算機に順次接続されている前記全国銀行通信システムの電子計算機及び東京都渋谷区《番地略》所在の株式会社第一勧業銀行東京事務センターに設置されている中継電子計算機を介して、同所に設置されている基礎勘定系システムバックエンド系電子計算機に接続された記憶装置の磁気ディスクに記録されている右E名義の普通預金口座の預金残高を一四億九〇〇〇万円増加させて、財産権の得喪、変更にかかる不実の電磁的記録を作り、よって、右Eに一四億九〇〇〇万円相当の財産上不法の利益を得させた。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

一  罰条 被告人両名の関係で、判示第一、第二の各所為(第二の所為は包括して)につき、平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下「改正前の刑法」という。)六〇条、二四六条の二

二  併合罪の加重 被告人両名の関係で、改正前の刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重)

三  未決勾留日数の算入 被告人両名の関係で、改正前の刑法二一条

四  訴訟費用 被告人Aの関係で、刑事訴訟法一八一条一項本文

被告人Bの関係で、刑事訴訟法一八一条一項ただし書(被告人Bには負担させない)

(量刑の理由)

一  前掲証拠及び被告人Aの経歴に関する同被告人の警察官調書(乙一)によって認められる被告人らの経歴と本件犯行に至る経緯は、次のとおりである。

1  被告人Aは、高等学校を中退後、家業の材木商を手伝い、その後宝石商、材木商、不動産仲介業等をし、この間に詐欺罪等の犯行を重ねて服役した。そして、出所後不動産仲介を目的とする会社や石油類の小売りを目的とする会社を設立して、これらの会社を経営している。被告人Bは、防衛大学で基礎工学を専攻してコンピューターについて勉学し、同大学卒業後コンピュータープログラムの製作会社に勤務したが、二年ほどで辞めて、自らコンピュータープログラムの製作会社を設立した。しかし、この会社が倒産し、その後医療機器関係の会社やコンピューター関係の人材派遣会社等を設立したものの、いずれも倒産し、平成四年ごろから携帯電話の販売業をしていたが、重なる倒産で多額の借金を抱えていた。共犯者のCは、株式会社東海銀行の行員であったもので、同行のコンピューターの管理をしている同行師勝センターシステム部に所属し、同部システム設計第一リージョン外為グループに配属されて、オンラインの顧客取引情報を銀行内の各部にコンピューターを通じて流す作業に従事していたが、サラ金等からの借金がかさみ、その返済に窮していた。共犯者のDは、甲田会系の暴力団組長で、株式会社甲野開発センターを経営しており、被告人Aとは不動産売買や地揚げ等の仕事を一緒にして長年の付き合いがあった。

2  本件犯行に利用された東海パソコンサービス(アンサー利用型)は、NTTデータ通信株式会社が提供している自動照会システムである銀行アンサーシステムを利用して行なわれるエレクトロニック・バンキング(電子決済システム)サービスの一つである。銀行アンサーシステムは、NTTの一般公衆回線を利用して銀行システムのダイレクトフロントコンピューターにアクセスできるシステムで、顧客は、右東海パソコンサービス(アンサー利用型)の契約をすれば、パーソナルコンピューター(パソコン)等の端末を利用して銀行のコンピューターにアクセスして、残高照会、振込、振替等のサービスを受けることができるものである。また、本件犯行に利用された都度指定方式による振込サービスは、顧客が振込の都度、振込金融機関と振込口座を指定できるもので、事前に振込口座を届け出て登録する必要のないものである。そして、この方式を利用するには、三種類の暗証番号(固定暗証番号、確認暗証番号、承認暗証番号)をパソコンに入力することになっていた。そのため、顧客以外の者でも、顧客の契約している店番、口座番号、暗証番号等のデータを入手して、この暗証番号等を解析できれば、その顧客の口座の資金を移動することができた。

3  Cは、前記のとおり借金の返済に窮していたが、平成六年四月ごろ、スポーツ新聞に掲載された融資関係の広告を見たことをきっかけにして知った金融会社の関係者らから被告人Bを紹介された。被告人Bは、右紹介者から、Cについて、コンピューター関係の部署にいる銀行員で、サラ金から借金をして困っており、その立場を利用して金をつくることを考えている人物であると説明を受けて、Cを紹介された日に、Cらと銀行の顧客データを流して金にすることなどを話し合った。そして、その後、被告人Bは、銀行の顧客データの買手をさがし、右紹介者やその知人の暴力団関係者を通じて知った被告人Aに対して、Cについて説明して、銀行の顧客データを買う話を持ち掛けた。被告人Aは、金に困って顧客データを外部に流すような行員であれば、金を渡しておけばいずれ銀行に対して不正な工作をするのに利用できるものと考えて、同年七月一一日ごろ、被告人Bの紹介でCに会い、Cに顧客リストの入ったテープの代金として五〇〇万円を渡し、被告人Bには紹介料として一〇〇万円を渡した。

4  Cが被告人Aに渡した右テープは、情報の入ってないものであったが、被告人Aは、先に被告人Bらとの雑談中に、銀行のコンピューターを上手く操作すれば不正送金ができて金が取れるとの話が出たことがあり、その後も被告人Bから同様の話が出たことから、Cを利用してコンピューターの不正操作により大金を取得することを企て、被告人Bにその意図を伝えた。こうして、被告人両名は、同年七月中旬ごろ、Cに対し、コンピューターを使って送金等のサービスを受けられるシステムの顧客データを流すように要求し、同月下旬ごろには東海銀行のパソコンサービスのパンフレットを入手し、Cにそのシステムについて説明させるなどして相談した。そして、その結果、市販のパソコンが使用できて一般電話回線から侵入することの容易なアンサー利用型の都度指定方式を悪用して、多額の資金を移動してこれを騙取することにし、被告人AがCに対し、アンサー利用型のサービスを受けている顧客の店番、口座番号、暗証番号等不正送金に必要なデータを流すように求めた。そして、被告人Aは、共犯者の前記Dを仲間に加え、同人が経営している株式会社甲野開発センター名義の両総信用金庫の口座を不正送金の受皿となる口座として確保し、さらに、知人を介して、Eが短時間に巨額の現金を用意できる大手都市銀行に顔が利くことを知り、右Eに対し、政治家への献金であるなどと偽って、不正に送金した預金が現金化できるように手はずを整えた。また、被告人らは、被告人Bの知人のFに依頼して、パソコンにアンサーシステムを接続する作業をしてもらい、同人から同システムにアクセスする方法を教わった。

5  一方、被告人らから前記アンサー利用型のサービスを受けている顧客に関するデータの入手を依頼されたCは、いったんは別のデータをアンサーシステムの顧客データであると偽って被告人Aに渡したが、被告人Bがこれに気付き、被告人らから追及されるに及んで、同年一一月ごろ、システム部外部接続グループの所属員に対して「外為関係のシステム開発に必要だ」などと嘘を言って借り出したアンサー契約マスターに関する磁気テープのコピーからイージーリストを作成し、これを被告人Aに渡し、さらに、被告人らの求めに応じて、指定された企業の口座のスクランブル(暗号変換)処理された固定暗証番号及び確認暗証番号等が印字されたダンプリストやレイアウトフォーム等を被告人Aに渡し、その見方を被告人らに説明した。そして、同年一二月初めごろには、同様にスクランブル処理された承認暗証番号の入ったダンプリストを追加して渡した。

6  被告人らは、前記Fに開設させた口座を使って実際に資金移動ができるか試してみるなどして、最終的に右のようにしてCから渡されたスクランブル処理された暗証番号の全てを解析することに成功し、同年一二月九日及び同月一二日の両日、判示のとおり、それぞれ不正送金を実行した。その際、被告人らは、犯行が発覚するのをできるだけ遅らせるために、企業の一般的な業務終了時刻である午後五時以降に犯行を実行することにして、ターゲットにした企業の全てについて、同月九日(金曜日)の午後五時以降に不正送金を実行しようとして、まず、判示第一の犯行を実行したが、次に実行を予定した企業について、資金移動のための入力を試みて失敗したため、同月一二日(月曜日)の午後五時以降に判示第二の犯行を実行したものである。なお、判示第二の犯行は、現金化する前に犯行が発覚して現金化はできなかったものである。

二  本件は、このように、被告人らが、コンピューターを駆使するエレクトロニック・バンキング(電子決済システム)サービスの一つである都度指定振込サービスを悪用して、合計一六億三〇〇〇万円をその支配する預金口座に振込入金させて同額の財産上不法の利益を得て、このうち一四億九〇〇〇万円については、早期に発覚して預金口座からの引き出しに失敗したものの、一億四〇〇〇万円については、預金口座から引き出して、その現実の利益を取得した電子計算機使用詐欺の事案である。

この種のサービスは、時代の要請であり、その利便性が評価されて各企業に浸透し、その利用が増加している現状において、本件犯行は、こうしたサービスに対する信用の低下を招き、金融機関や企業の関係者に多大の衝撃を与え、特に金融機関においては、都度指定方式によるサービスの安全性の再検討を迫られるなど、これが社会に与えた影響は極めて大きい。また、被害に遭った銀行に対しても、信用の低下や口座から引き出された顧客に対する賠償はもとより、善後策を含めて多大の出費を余儀なくさせたものである。

被告人らは、自己の利得や借金の返済資金を得るために、こうした犯行を極めて周到に計画して準備し、巧妙な手口で多重の防御システムを突破して敢行し、前示のような多額の資金を預金口座に入金させ、そのうち一億四〇〇〇万円については、預金口座から引き出して、その現実の利益を取得したものであって、動機に特に酌量する点がない上、犯行は計画的かつ悪質であり、犯行の結果も重大である。

被告人らのうち、被告人Aについては、本件の一連の犯行を敢行するに当たって、共犯者に対して随時必要な指示を与えるとともに、資金や場所などを提供し、資金移動の受皿となる口座を確保し、目標とする企業や引出金額を最終的に決定するなど、主犯的な立場にあったものである。また、判示第一の犯行で得た一億四〇〇〇万円については、警察官調書(乙二〇)と公判供述とで受領した現金についてそごする点がみられるが、現金と小切手を合わせてその半額近くを取得している。被告人Aは、こうした自己の取り分について、判示第二の犯行による多額の入金を信じていたことから、そのうちの多くを関係者の求めに応じて貸し付けたこと、受領した手形類が不渡りになったこと、Cや被告人Bに対して分配金(合計四〇〇万円)を渡していること、犯行のために相当の経費を使っていることなどを挙げて、差し引きすればそれほどの利得は残らなかった旨供述しているが、そのような事情があったとしても、被告人Aは、相当の取り分を自己の支配下に置いたものということができる。加えて、被告人には、過去に窃盗罪や詐欺罪などの財産犯の前科があるところ、その中には銀行員を教唆して約束手形を窃取させた事案も含まれている。

次に、被告人Bは、被告人Aに比して従たる立場にあったとはいえ、Cを被告人Aに紹介したり、振込サービスを悪用して大金を不正送金できる話を持ち出すなどして本件犯行のきっかけをつくった上、自らのコンピューターに関する豊富な知識を提供して、Cから受領した暗号等のデータを解析したり、実際にパソコンを操作するなどの重要な役割を分担したもので、その存在は本件犯行に欠くことのできないものであった。そして、被告人Bは、当初の紹介料として受け取った一〇〇万円の中から自己の分として三四万円を取得したほか、判示第一の犯行の分け前として被告人Aから現金一〇〇万円を受け取っており、他に宿泊代や飲食代も提供されていたもので、判示第二の犯行による現金引き出しが成功していれば、当然更に相当の分け前に与ることができたものである。

そうすると、他方において、被告人両名ともに自己の犯行を認めて反省しているところ、前述したように、判示第二の犯行が早期に発覚して、被告人らの実質的な利得額が犯行の規模に比してそれほど多額に上っているとは認められないこと、被告人Aについては、腎臓が悪くて人工透析を受けており、他にも疾病があるなど健康状態が勝れないこと、内妻が今後の更生に協力する旨述べていること、前刑終了後本件犯行までに約一〇年が経過していることなどの事情があり、また、被告人Bについては、前記のように被告人Aに比して従たる立場にあったこと、前科がないこと、知人が被告人Bとの共同事業の計画がある旨述べており、前妻も今後の更生に協力する旨申し出ていることなどの事情があるが、こうした諸事情をそれぞれの被告人らに有利に斟酌しても、被告人両名の刑事責任は重大であり、それぞれ主文の刑が相当である。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅俊一郎 裁判官 長倉哲夫 裁判官 岩田光生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例